松村咲希個展「the eyes: they see」

華奢な体から生み出されるダイナミックな作品。松村咲希が問いかけるものは何なのか。1年ぶりに個展を開催する松村さんに、この1年間のことや新作についてアトリエでお話を伺いました。

言葉をいったん手放してみた

―前回の個展からちょうど1年ぶりですね。どんな1年でしたか?

  • この半年くらい、苦しい時期がありました。10月くらいから描けないスパイラルに落ちちゃって。しばらく描くことをストップしていましたが、この個展の前にようやく描けるようになりました。

―どうしたのでしょうか?

  • 去年の秋に、「コンセプトを文字で書く」という出来事に直面したのです。

    現代アートの分野だからコンセプトを求められることも多いのは事実です。

    しかし改めてそれと向き合うと、文字が出てこない、というか文字にできなかったんです。

    その時に、「自分の作品について文字にできない絵描きなのか」と愕然として落ち込んでしまいました。最初からコンセプトありきで描く人もいれば、手を動かして出来上がってきたものについて考える。私は後者なのです。本来、手を動かし続けていくことが私の制作で一番大事なことなのに、「文字で作品を表現できない自分はダメだ」みたいな思いに囚われてしまって、手が止まってしまった。描けなくなりました。本当に辛かったです。

  • ―どうしたのでしょうか?

―どうやって乗り越えたのでしょうか?

  • 人に私の思いや苦しみを共有させてもらったりしながら話し合いました。結論としてその囚われは一旦置いて、まずは制作に集中しましょうーということで切り替わりましたね。

    今は「言葉にしなきゃ」という思いから敢えて離れました。

―手を動かし始めたのですね

  • はい。私は、言葉にできない何かを、制作をしながら考えたり探ったりしながら、ひたすら手を動かしました。つまり、手が動かない限り、頭のネジも動かないのです。

―コンセプトの呪縛から放たれて描いていて、描くモードになった?

  • なりましたね。

    コンセプトを書くことに必死で向き合っていた時に、まず「アイデンティティって何だ?」から考えるわけです。筆でなくペンを握りながら悶々とする。その繰り返しの中で、「結局アイデンティティはわからんなー」ということに気づきました。描き続けて作品を発表し続けることが私にとってのアイデンティティ、なんだと気づいた。そして言葉は周りが作るもの。自由に感じていただければ良いのです。ようやく手放せる気持ちになりました。

―今は描いていて心地良いですか?

  • 楽しいですけど、個展前なので新作の制作にとっても忙しいですね。

色を捉えてみる

―描き始めてから、変化のようなものや事柄はありますか?

  • カラーを使い始めました。私はずっと白黒で表現をしていました。自分の絵のテーマの一つで在る「空間表現」のためには、白黒がずっと腑に落ちていました。色を使う必要性を感じられませんでした。けれど、色を使うことへの興味が強くなりました。去年からの変化ですね。

  • ―描き始めてから、変化のようなものや事柄はありますか?

―確かに新作は色がとても生き生きしていますね。これまでの描き方と比べてどうでしょうか?

  • 色を取り入れると、全体のバランスを考えていかないといけません。白黒の時には無かった感覚の一つです。白黒はアドリブに近いものがありましたが、色を取り入れることで最初に配色を決めます。あらかじめ、どこにどの色を使うのかを決めておかないと描きながら色に集中し過ぎて絵への集中が削がれてしまう。そのバランスが難しいです。白黒よりハードルが少し高くなりました。

―昨年のインタビューで、「描くことは時間軸と空間軸を組み合わせていくこと」と話してくれましたが、これはもう一貫したテーマですね。

  • そうですね、それは変わらず。これまでは白黒でそれを表現していましたが、色を入れてみました。とは言え、普段の生活や洋服でチョイスするものはモノクロが多いので、色に対して苦手意識はあり、初は色をどう使うのかさえわからないことがありました。今回は基本的な色を使って、トーンを少し落とした混色にしています。

矛盾を遊ぶ

―個展タイトルのつけ方がユニーク。the eyes; they see いつもながらセンスがありますね。

  • 目は何の目なのか、誰の目なのか。彼らとは誰で、何を見ているのか。

    そういう説明は一切無しです。誰のことかも分からないミステリアスさがいいと思う。

    一つ言えることは、私は人間だけに見えているだけではないものを感じたいし描きたいと思っています。

―言葉の発想はどこから得たのですか?

  • アナグラムを調べてたら面白くて、その響きを意識しました。アナグラムは、文字をいくつか入れ替えて別の意味にさせたり、矛盾を起こす言葉遊びです。これは、私の絵や興味にも関係があるのですが、一つのものの見方をこちら側とあちら側では同じ対象物を見ているのに、相反するものというか矛盾があって、それはアナグラム的とも言える。そういう感覚を持ちたいなと思って描いています。「見る」という言葉に意識してないですが、絵を描く以上「見る」という行為は私にとって最も日常的なことでもあります。

自分という家にある「窓」

―松村さんにとって、描くということとは何を意味するのでしょうか?

  • 確実に言えるのは、描いている方が精神衛生的に良いということです(笑)

    描いていることを続けることで自分自身を見つめたり、作りながら行ったり来たりすることですね。「絵」は窓だーと美術ではよく言われます。それは色々な解釈があると思いますが、例えば自分の絵を通して誰かと知り合ったり、言葉を交わしたりも出来ます。自分という家にある「窓」から外の人に出会えるというのかな。私にとって描くことはそういう事なのかもしれません。

  • ―松村さんにとって、描くということとは何を意味するのでしょうか?

最近興味があることや、挑戦してみたいことを教えてください

  • 少し方向性の違う新しいことに興味があります。例えば、油彩を取り入れたり、他の素材を使って空間を作るのが面白い感じがします。これも「矛盾」したものが合わさることで新しい何かが生まれる。まだ温めているのですけれどね。

    色についても興味がありますね。最近、浮世絵の画集を大量に見る機会があり、そこの着物絵に惹かれました。色の組み合わせがとても自由なのです。個展が落ち着いたら着物のこともインプットしていきたいです。

―個展に向けてメッセージをお願いします

  • 来てくださった方にいろいろな感じ方や捉え方をしてもらえたら嬉しいですね。

    在廊日もありますし、感想を聞かせていただいたりできればと思っています。

Director’s eye:

  • DMOARTSでの松村さんの個展は昨年に続いて2度目となります。

    大学院を卒業してからも順調に活動を続け、常にキャンバスの上で挑戦を重ねる作家の姿勢は、少しずつではありますが世の中にも広がってきている気がしています。

     

    今回の個展では、従来から継続した作風を生かしつつ、カラーの要素が増えた印象を持っています。平面作品の中に3次元的奥行きを持たせることは彼女の得意とする表現ですが、より一層の空間性を感じるとともに、住空間などに実際に展示された際にもある種の歪みを生み出す作品に仕上がっています。

    「目に見えるものが真実とは限らない」ー 彼女の絵からそう言われているのかも知れません。

ARTIST PROFILE

  • 松村咲希|Saki Matsumura
  • 松村咲希|Saki Matsumura

    1993 年 長野県出身
    2017 年 京都造形芸術大学芸術専攻修士課程ペインティング領域修了
    https://dmoarts.com/artists/saki-matsumura/

    個展
    2016 年 THE TERMINAL KYOTO にて (THE TERMINAL KYOTO・京都)
    2017 年 Over and over again(sundaycafe・東京)
    2018 年 SEEING THINGS(DMOARTS・大阪)
    受賞歴
    2014 年度京都造形芸術大学卒業・修了制作展 奨励賞
    ターナーアクリルガッシュビエンナーレ2017 入選
    トーキョーワンダーシード2017 入選

    出版物など
    2018年 ARTBOOK「 SakiMatsumura」 DMOARTS より発行
    2018 年 JALX ART+WINE PROGRAM ボージョレー・ヴィラージュ・ヌーヴォーラベル作家

協力

ARCHIVES