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個展を2回、グループ展、アートフェア・・と、色んな種類のことに挑戦しましたし、東京と大阪の両方でバランスよくやらせて頂けたなと思います。
初めてのことだらけで、制作量も多く、しんどさもあったので、やってやった!という実感はあるのに、振り返ったら(時間が)全然進んでなかったというか。もっともっと成長しなきゃと思いましたし、どんどん次に改善したいことが見つかるばかり。やり切ったというゴールのない道の第一歩なんだな、という感じです。
「子供はダメ」と言われないボーイスカウト
- 小谷さんはどんな子供時代を過ごしましたか?
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子供時代に一番響いているのはボーイスカウトでの経験です。小学校から初めて、高校に入るまで続けていました。キャンプや登山の心得、救急法など幅広いことを教わります。中でも一番得意だったのはロープワークで、竹とPPロープで食器棚を作ったり、身体の前と後ろとで同じ結び方をできるよう練習したり…色んな結び方を使い分けて応用していくのがとても楽しかった。物を作るのが好きなんだと思います。
落ちているもので何かを作るといった工作もするんですが、そんな時には子供が触らせてもらえないノコギリやハンマーなどの工具の正しい使い方を教えてくれるんです。ものすごくワクワクしたのを覚えています。
今思えば、遊び場はいつも竹やぶの中だったし、祖父母の畑で遊ぶのが大好きで、2人姉妹なのによくのびのび遊ばせてくれたな、と…。心配をぐっと堪えて好きなように遊ばせてくれた家族のおかげで、立派な野生児になりました(笑)
なので、自然に対しては、信仰というよりもっと当たり前な感じで畏敬の念を持っています。雨でテントが浸水して眠れなくなったら、降雨の登山の厳しさが身に沁みますしね。
オカルトが好きなのは、「脳の作用」に興味があるから
- その頃の経験で、いまに影響を与えていることはありますか?
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ボーイスカウトはそれぞれ基地を持っていて、私のところは心霊スポットだったんです。
とても歴史の深い公園なんですが、高台にあるせいで住宅地とは離れていて、夜は特に暗くて怖い。トイレに行くときは深夜であっても個室ではひとり。しかも、トイレの個室の天井にはなぜか大きい穴が開いているんです。そんな穴、見ちゃいけないんだけど見ちゃう。鏡も割れているし、本当に怖かった。
その頃から徐々に、オカルトに惹かれていきました。中学1年生のときに、ミステリアスですごく絵が上手な友達が、本を貸してくれたんです。それが『快楽殺人の心理』と『毒殺日記』という本。その友達はちょっと変わっていたけどそれも含めて大好きでした。触れたらいけないようなテーマのものを、面白いよって当たり前に貸してくれたんです。
私が初めて読んだ厚い本で、それがすごくいい本だった。後日談で、大好きな犯罪心理ドラマがあって、その影響で犯罪心理本を買ったんです。その本の著者がまさに『快楽殺人の心理』を書いていたんです。繋がったなあ、と思いました。犯罪心理やホラー、オカルトといったものが好きなのは、「脳の作用」に興味があるから。こんなに科学が進歩しているのに心霊、神秘といったものは誰かがずっと信じています。人間の脳が発達したからこそ感じられる一種のバグで、人間特有のものだと思います。
自分で選んで絵を描いた記憶
- どうして芸術を志すようになったのでしょうか。
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幼稚園のときに描いた海の絵で賞をもらったんです。
水の表現だけど青は極力つかわず、魚のウロコは全部違う色にして、規則性を持たせて構成して…と、幼いなりに考えて。私は幼少期の記憶ってとても薄いんですけど、自分の意思をもって選んでいったことと、賞を取って嬉しい、というのをすごく覚えています。
自分にとっての絵というもののイメージができたと同時に、「描かされる」っていうのは好きじゃなくなりましたね(笑)。ずっと芸術に関することが好きな子供だったので、「やっぱり美大に行きたい」と親に言った時には「そうなると思ってたよ」と当たり前に受け入れてくれて。高校生の五月頃まではテニス一色だったんです。推薦の話も頂いて、そのままいけばスポーツ関係の仕事についていたかもしれません。でも引退試合が終わった時、やっぱり芸術をやりたい!と思って、次の日には美術部に入部しました。
うちは共働きで決して裕福ではないのに、やりたいと言ったことを反対されたことはなく、両親にはほんとうに感謝しています。
地面・地球に向かう時間軸
-各テーマと、変遷について教えてください
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まず『Perfume』シリーズは、香りは消えるのに、香りがあった痕跡だけが布に残る、という作品です。作り始めは色んなことを考えていました。香りが空間を満たすことで支持体から作品の範囲が拡張して境界が揺らぐ…とか。でも本当にやりたかったのはその痕跡なんだ、ということに気づかせてくれた作品です。
作品を創るには、自分の中にあるものを意識できるかどうかが大事で、何もないけど作り続けられるという人はそんなにいないんじゃないかと思うんです。修士課程1年生のとき、自分の中には何もないのではないか?と思い焦って、図書室に行って、「こう見られたい」みたいなものを取り払って本当に興味がある本だけを選んでいったら地質学の本が多かったんです。
でもその中にも自分が求めていたものがなくモヤモヤしていた時、たまたま見つけた雑誌の最新号が「人新世*」についてでした。議論の中心自体は違うんですが、私が言いたかったことはまさにこれだ!ということが書かれていて、すごくうれしかったです。次の『錆』シリーズは、地層にある堆積物の積み重ね、とりわけ人類の痕跡について、大きい課題に挑戦して生まれました。
ボーイスカウトの経験からか、空・宇宙に向かっていく時間軸よりも地面・地球に向かう時間軸のほうがしっくりくるんだと思っていましたが、人新世という考えに出会いそれが確かなものになった気がします。自分にとっては最も思想的に自然に出てきたものです。絵の具そのものがメタファーとして作用する素材、かつ日本の歴史の中から発生してきたものを使いたいと考えて、もの派、ポストもの派の方も意識して、錆を使っています。コンセプトなどは現代的なので全然違った作品にはなりますが、歴史の流れは意識しています。
錆はそれ自体をキレイだと思うことは少ないかもしれないけれど、日本人の美的感覚にも通じている。日本には付喪神という言葉があるくらい使い込む文化があったり、銅の屋根や釣り鐘の緑青など、経年劣化を美しいと見る感覚があると思います。
『21g』シリーズはこうして出来てきたコンセプトを、一度「絵画であること」と「自分自身」に引き寄せて考えた結果できた作品になっています。錆は比較的大きなことを論じているので、それを自分に引き寄せようと思ったんです。人類の痕跡、という主題の端にあるような感じです。
絵画が難しい
- 制作する上でどんなことが難しいと感じますか?
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「絵画」が難しいです。油画は輸入されてきたもので、それに伴って日本画の断裂があったり、日本は美術が歴史的に途切れている。そういうことを意識しだすと絵画である必然性がゆらいでしまいます。
絵を描きたくて油画科に入り、「絵画を創る」ということに視野が狭くなっていたとき、夏の特別演習で河口龍夫さんに出会いました。表現したいことと、表現手段について話をしてくださった時、ハッとしました。絵画に合わないコンセプトでも無理に絵画に落とし込もうと必死になっていた自分に気付かされたんです。
不器用だからこそ絵画に絞り込んで制作しようと思っていましたが、表現方法そのものである絵画について、考えが浅かった。表現方法が多種多様な現代では絵画で表現するには不向きなコンセプトもあるんじゃないか、写真がこんなにも普及している時代、描くことの意味は。
そう考えるようになってから、急に頭が整理されて以前に比べると楽にアウトプットができるようになりました。まだまだ全然、難しいんですが…。
絵画しか作らないと決めたわけじゃないんです。絵画に向かないからといってアイディアごと捨てるんじゃなく、書き溜めて自分のペースで少しずつ形にしていきたいなと思っています。
- これからの目標を教えてください。
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いま錆の作品を1年寝かせていて、その間にいろんなインプットをしながら常に考えていました。頭の中にほどよくごちゃついて、ほどよく整理された理論的な土台ができたので今年また作り始めたときに集中して制作することができました。こうやって、少しずつ自分の可能性を広げていきたいですね。
それから海外に出て行きたいです。日本とは違った文化や歴史を持つ人の目に自分の作品がどう映るのか、気になります。私の芸術に対する価値観は西洋ベースのものですが、日本人の私にどれだけ引き寄せて制作していけるか挑戦していきたい。
*人新世・・・現在は完新世が終わり新しい地質年代に突入しているとする議論、新造語、その年代区分。Anthropocene。
DIRECTOR'S EYE
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小谷さんの作品に出会ったのは修士1回生の制作発表展、天井の高いギャルリ・オーブに高さが2メートル以上ある『錆』『21g』両シリーズがひときわ存在感を放っていました。それぞれに心を掴まれましたが、どちらも同じ作家によるものだと知ってさらに関心しました。
脳の作用、人の痕跡といった「ヒトを読み解く」ことへの知的探求心が強度のあるコンセプトの土台であり、『21g』は絵画的美意識を、『錆』は彼女の豊かな思索を表していると言えるでしょう。
2019年の卒業から1年は『21g』シリーズを中心に発表して来ましたが、今後は兼ねてから構想を深めてきた『錆』シリーズなど、さらに作品を発展させていくでしょう。その潜在的なスケールの大きさはまだまだこれから形になっていくものと思います。ぜひ長い目で期待していただきたいアーティストです。
DMOARTSでは2020年、同世代アーティスト倉崎稜希と2人展『there-was』を9月のアートフェア「ART in PARK HOTEL TOKYO 2020」、11月の大阪で開催予定です。
(金子)
ARTIST PROFILE
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小谷くるみ|Kurumi Kotani
2019年京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域修了。
関係や気配、存在の痕跡というテーマで絵画を制作。 その署名的絵画シリーズ「21g」では、画面全体が「窓」として想定され、結露したガラスの表面に何者かが触れた痕跡が残されている。
神秘的、あるいは超自然的な現象に関心があるという彼女は、ホラー映画の一場面を連想させるような画面を創出させ、そこに見えない何者かの気配、不確かな存在を浮き上がらせている。
https://digmeout.net/artists/kurumi-kotani/
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協力
ARCHIVES
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小谷くるみ|Kurumi Kotani
2019年京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域修了。
関係や気配、存在の痕跡というテーマで絵画を制作。 その署名的絵画シリーズ「21g」では、画面全体が「窓」として想定され、結露したガラスの表面に何者かが触れた痕跡が残されている。
神秘的、あるいは超自然的な現象に関心があるという彼女は、ホラー映画の一場面を連想させるような画面を創出させ、そこに見えない何者かの気配、不確かな存在を浮き上がらせている。
https://digmeout.net/artists/kurumi-kotani/
- 2019年に卒業してからの1年はどうでしたか?