井上純也 個展 空気を掬う

若手現代アートティスとの中でもユニークな切り口で着実に実績を伸ばし、魅了し続ける井上純也。「ただ此処に在る美しさ、ただ存在する命の美しさ」― 彼が描く世界は儚くて、そしてとても詩的に映ります。かねてより井上自身が実現したかった「空気を掬う」というテーマでの個展がDMOARTSで始まるにあたり、彼の「美」や「空気」についてお話しを伺いました。

描かずに描きたい

--井上さんの絵は作風も含めて全体的に詩的なストーリーを感じます。イメージなど、どう作られていますか?

  • 作品ごとのテーマを作ることもありますが、基本的に描くときのイメージは全部同じです。僕が描きたいのは「ただ在るだけの美しさ」かな。僕の脳の中にある「空間の美しさ」の世界観なので言語化がとても難しいのですが、美しいだけの絵は興味が無く、懐かしさ、儚さ、寂しさがあってこその美しさの世界を描きたいからポエティックに見えるのかもしれないですね。観る人によってそれぞれの感じ方を補完して観てもらいたいという気持ちが強い。だからあえて対象物も入れないし、シルエットに目を入れない。目を描くと僕の意識や視線が絵に入ってしまいイメージが付いてしまうのが嫌なんです。

  • --井上さんの絵は作風も含めて全体的に詩的なストーリーを感じます。イメージなど、どう作られていますか?

--最初からこうした絵を描いていたのですか?

  • 絵本作家になりたかったんです。小説や谷川俊太郎の詩が大好きで、物語を書くのは得意だった。でも肝心の絵が描けないからストーリー部門のコンテストに応募したけれど当たらずで、「じゃあ自分で出版したらいいや」と思って(笑)絵の勉強をしたことありません。何を描きたいのかも分からずフワフワーと、とにかく描いて、そのうちに展示もしたり。それまでは黒以外の絵を描いていたので、黒絵の具だけ余っていた。で、試しに使ってみたら「いいな」って漠然だけど思いました。しっくりするイメージが出てきました。2016年頃から黒で描き始めたけど、その時は人物でした。やがて、ただそこにあるだけでいい」という世界を描きだすスタイルが出来上がってきて、削いで削いで「描かずに描きたい」みたいな。そこから今のスタイルですね。

--その儚さ、物悲しさもあってこその美ということですか?

  • 僕の性格もあるかもね(笑)僕、絵を描くまでフワッと生きてきた。何をやっても続かないけど平均的には出来ていた。で、絵を描くようになって「生きている実感」ができた。でも僕は絵を描くのが怖くて楽しいと思ったことは殆どないです。展示はしたいし認められたい、でも描くのは怖いし展示も怖い。怖さと承認欲求。矛盾してますね。この変なバランスが自分の中にある。人と一緒にいてもふっと寂しくなるじゃないですか。そういうのを描きたいです。

空気を掬う、そして痕跡を残さない

--今回のタイトル「空気を掬う(すくう)」という言葉はあまり聞かない言葉ですが?

  • ずっとイメージを持っていてましたが、このテーマに合う場所がピンと来なかった。DMOARTSでのお話しを頂いて「あ、ここだな」と思いました。「掬う」とは、僕のイメージする風景をそっと画面に置くけど僕はそこには入らない。僕は絵を描くけれど、観る人には僕を絵の中に入れたくない。だからこれまでとは違い、今回は余白ばかりにしています。ポンって画面においてサーっと入っていくイメージで、空気を掬い取りたいと思いました。

  • --今回のタイトル「空気を掬う(すくう)」という言葉はあまり聞かない言葉ですが?

--絵的には墨で描いているイメージが強いですが、水彩画ですよね?

  • はい。水彩絵の具と水彩紙を使います。墨も勧められるけど、墨の黒は必要ないです。昔見た水彩画の抽象画がとても綺麗で僕も水彩画を始めました。水彩絵の具がとても好きです。    

--下書きはしますか?また、絵のサイズは描きだすときから決めていますか?

  • 下書きは動物の輪郭だけ描き、あとはイメージです。それこそイメージを掬いとる。下書きの痕が見えないようにする、何の痕跡も残さないようにするのが僕の鉄則です。サインも表にあるとそこに目が行ってしまうから裏に入れます。観る人の視線や直感だけで観てもらいたいからです。イメージ自体は曖昧な世界観かもしれないけど、実は緻密に計算をして絵を決めるときからサイズは決めてるしマットも1ミリ単位で計算します。

塗りたい気持ちを踏みとどまる

--背景は何層にも重ね塗りをしていますよね。ちなみにこのDMの絵だとどのくらいでしょうか?

  • この大きさだと7-8回は塗っています。10数回塗ることもあります。重ねることで滲みの層が出てきますが、1回で作る濃さの滲みと、少しずつ重ね塗りするときの滲みの濃さはちょっと違う。

--重ね塗りの終わり、絵の終わりは井上さんだけが分かるのですよね。描き終わりの基準みたいのはあるのでしょうか?

  • 悩みますが、「気持ちいい」「気持ち悪くない」が自分でハッキリしています。もう少し足してみようかな、と重ね続けると気持ち悪くなって失敗もあります。「気持ちいい」と思う段階で留まる勇気、これ以上描いたらダメになる、、が分かります。もっと塗りたい気持ちはあるけれどそこを諫めながら、ですね。イメージや気持ちが描いている途中で消えてしまうこともあり、数か月掛けて仕上げることもあります。

  • --重ね塗りの終わり、絵の終わりは井上さんだけが分かるのですよね。描き終わりの基準みたいのはあるのでしょうか?

--近くよりも遠目で観ている様の絵が多いですが何か意識はあるのでしょうか?

  • あまり意識なく自然です。たぶん俯瞰で自分の悲しさを見ているのだと思います。自分の中で風景のストックがあり、そこには木も何もない。自分の頭の中を自分で覗いているような俯瞰というか、遠くから観ている意識の表れかもしれません。

--今後こうなりたいというのを教えてください。

  • 画家として活動をし続けることですが、もっと踏み込んで言えば「黒で白を描く」作家になりたいです。今以上にフワッとしたものを描きたい。そして「モノクロの作家」というときにイメージされる画家になりたいです。

ARTIST PROFILE

  • 井上純也 / Junya Inoue
  • 井上純也 / Junya Inoue

    1988年、奈良県在住。
    「日々感じる物悲しさや寂しさ、儚さを抱えながらも此処に在る命の美しさ・ただ在ることの美しさ」をテーマにモノクロームの水彩画で制作しています。関西を中心に個展や公募展、イベント等で作品発表しています。

    受賞歴
    2016年 151人展 ホルベイン賞(galleryそら)
    2016年 赤マルシェ2016 ART HOUSE賞
    2017年 アートムーヴ2017入選
    2017年 Independent TOKYO 審査員特別賞 石井信賞
    2017年 UNKNOWN ASIA 2017 審査員 堤たか雄賞

    個展歴
    2016年 世界にひとりぽっち (galleryそら sora+)
    2017年 いつかと今に瞬く (ART HOUSE)
    2017年 どこか遠くへ (GALLERY龍屋)

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